かけがえのない日本文化               (広報52号)
                                  会長 河野 紘
 
「国際派日本人養成講座」というサイトに出会ってそれまでインターネットは功罪相半ばと思っていた認識
を改めました。このサイトがあるだけで功>罪と断言できると思います。自分の浅学菲才のゆえに表現し得な
かったことを正に我が意を得たり、との想いで開陳してくれています。このサイトは日本文化のすばらしさ、
その日本に生まれた幸せをたっぷりと感じさせてくれますし、それゆえ世界に日本文化を発信できるような
実力をつける必要を感じさせます。 現在クールジャパンといって日本文化がもてはやされるようになって来
ました。しかし日本人自身は世界の中での日本文化の位置に気付いていない人が多いのです。是非このサイト
をひもといて日本人に生まれた幸せを感じていただきたいと思います。そしてその文化をさらに高める担い手
になろうと決意していただきたいと思っています。
 
「この聖地において、私はあらゆる宗教の根底をなす統一的なるものを感ずる。」jog377トインビー
(伊勢神宮を参拝して)
 
「深い泉
        この国の過去の泉は深い。
         太鼓と笛の音に酔いしれて
         太古の神秘のうちに沈み込む。
         測鉛を下ろし、時の深さを、わたし自身の深さを測る。」jog29インモース

 

「樹木の霊気に包まれた私の胸に、かつて経験したことのない不思議な感動がこみあげてきた。私はその場に立ちつくしたまま、頬を伝う涙をぬぐうことも忘れていた。ここはエデンの園なのか。はるか昔のブリテン島で、ケルト人の心を熱くしたのはこの感動だったのだろうか。」jog583ニコル

 

 これらは西洋人の日本の自然に対する感動である。このような自然に育まれた日本人は西洋人の目にどのように写ったのでしょうか。

 

「彼らは親しみやすく、一般に善良で、悪意がありません。驚くほど名誉心の強い人びとで、他の何ものよりも名誉を重んじます。大部分の人は貧しいのですが、武士も、そうでない人びとも、貧しいことを不名誉と思っていません。」jog484ザビエル

 

「見れば、中央に、一匹の焼き魚が、小舟の姿に似せてぴんと反りを打たせ、周囲に漆器の小鉢が点々と配されて
います。その一つ一つに、野菜、根菜、山菜のたぐいが盛られ、まるでブーケのよう。(中略)最後に添えられた
林檎は、何の変哲もない代物が、ここでは皮を剥ぎ、刻まれて、花咲ける姿と化しているのです・・・・・。
なんだ、つまらない、と皆さんはお考えかもしれません。これほどの調和も、あなたがたにとっては文字通り日常
茶飯事でありましょうから。西洋人にとっては日常生活の中にかくも素朴にして強力な美を見いだすことが、
いかに深い悦びであるか、それをお伝えできないもどかしさに私は苦しむのです。」「日本民族の勇気、万邦安寧
の礎たらんとする熱誠、自然や神々との緊密な結びつき、歴史の連続性、文化の奥深い独創性などからして、日本
こそ、明日の文明の座標軸の一つとなってしかるべきではないでしょうか。」
jog070 オリビエ・ジェルマントマ

 

 このように評価され、期待されています。しかし幕末、アメリカ公使館通訳として活躍したオランダ人
ヒュースケンは
「いま私がいとしさを覚えはじめている国よ、この進歩はほんとうに進歩なのか? この文明はほんとうにあなた
のための文明なのか?この国の人々の質朴な習俗とともに、その飾り気のなさを私は賛美する。この国土のゆたか
さを見、いたるところに満ちている子供たちの愉しい笑い声を聞き、どこにも悲惨なものを見いだすことができな
かった私には、おお、神よ、この幸福な情景がいまや終りを迎えようとしており、西洋の人々が彼らの重大な悪徳
を持ち込もうとしているように思われてならないのである。」jog484
 

 と、まるで全能の神の如く正確に現在を予見しています。しかし、存廃の危機に瀕しているとはいえ、未だ自然も人情も明治以前の伝統が残っています。今、我々がしなくてはならないことは明治以前の日本文化の再評価であり、日本人としての誇りと自信の回復であります。世界で日本文化の何が評価されているのか、日本文化の本質は何なのかを掘り下げることだと思います。現在世界で活躍している日本人の芸術家は自己の内なる日本的なものに目覚めてから評価されるようになったと異口同音に述べています。このように日本文化の独自性、優秀性はいろんな場面で発揮されていますが、国内において反って評価されない場面も多いのです。それは敗戦による自信喪失と、占領政策によるところが大きいわけですが、ヒュースケンの指摘の通り明治期の性急な西洋文明の取り込みによって消化不良を起こし、これが尾を引いているためではないかと思われます。

 
「日本に暮らして15年。もしその間に、私のどこかに日本人らしさが備わってきたとしたら、それは我慢強さと
親切心かもしれません。つまり、私は成長していると感じています。我慢強さと親切心。これこそが、
日本人に備わっている素晴らしさ、価値ではないかと思います。」jog370ジニー
 
 これは山形の老舗旅館に嫁いだアメリカ婦人の感懐です。これらは日本の自然が育んだものでしょう。日本の
自然があってこその日本文化だと思います。我々も自然の一部であり、神人合一の神道の思想こそ日本文化の淵源
でありましょう。
 我々の鍼灸もこのような日本文化の中で育まれ洗練されて参りました。これを益々発展させていくことが我々
鍼灸師に課せられた使命であると思います。それは嫌でもやらなければならない責務というような取り組みでは
なくて、晴れ晴れとした面白くうれしくたのしい気分でいそしむということです。
 鍼灸師法制定も中々の難事でありましょう。しかしこのような気分で取り組まなくては日本文化ではありません。
「微力をあきらめず、冷に耐え、苦に耐え、煩に耐え、また閑にも耐えて、激せず、躁がず、競わず、随わず、
自強」しつつ、しかも晴れ晴れとした面白くうれしくたのしい気分でいそしんで参りましょう。

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