長野県針灸師会の会報から今村先生の了解を頂いて転載いたします。


平成22年を迎えて本会のめざすもの

                                           会 長  今村和久
はじめに
 日頃の会へのご協力を心より御礼申し上げます。会員の皆様にはお元気に新しい年を迎えられた事とお喜び申し上げます。
 昨年4月、役員改選で新執行部となり又会事務所も松本へ移転となり、その登記や書類整理、事務引継ぎなど会役員や宮本顧問を中心に新旧役員の方々には大変ご苦労をお掛けしました。やっと一段落し落ち着きを取り戻したところです。私達新執行部役員一同、会員の皆様方のご意見は真摯に耳を傾け、会員の資質向上と業権の確立、県民への信頼の向上に全力を尽くす所存ですので皆様方のあたたかいご支援をよろしくお願い致します。

最近の社会状況
 私達鍼灸師を取巻く社会状況も、昨年の世相一文字が「新」の通り自民党政権が民主党政権に交代し、以前の自民党の政策がすべて変化しています。その一例がいわゆる「事業仕分け」による政府事業の見直しです。その中には医療、特に療養費の項もありました。幸い柔整療養費のみ取り上げられ鍼灸療養費はまな板にのりませんでしたので良いか悪いか分かりませんが、今のところは現状のままという事になります。今後の展開では鍼灸療養費が問題になるかもしれません。その折には鍼灸師会として鍼灸療養費の必要性を証明しなければならなくなるでしょう。今回の政権交代を受け、日本医師会では政治連盟にて従来の自民党一本であった方針が白紙になりました。日鍼会でもその対応に従来より柔軟な対応へと変化しつつあります。今後は当針灸師会も日鍼会と連絡を持ちながら、本県の対応を決めていきたいと思っております。
 さて、政治状況も大きく変化しておりますが経済状況もデフレスパイラルに陥ったまま、不況の波からまだ持ち直すまでには至っておりません。さらに今春、二番底が来るとも言われております。私達の周りを見回してもリストラや配置転換など深刻な話をよく耳にする様になって来ました。
 この様な政治や社会の状況の中で私達鍼灸師が生き残り信頼を得てさらには社会へ少しでも貢献できる為にはどうしたら良いのでしょうか。針灸師会として、又会員個人としても深い考察と強力な行動が必要です。針灸師会として社会の流れを見つめながら時流に流されず、高い視野から行動目標を作る必要があります。

本会の基本理念
 新執行部として、又会長として私は前回の会報のご挨拶の申で、本針灸師会の目的を「社会的信頼の確立」として申し上げました。どの様な時代になっても、鍼灸師の資質や社会的認知度が高ければ自ずから道は開けていくものと思います。鍼灸の繁栄と鍼灸師の繁栄は別と言われています。鍼灸だけでなく鍼灸師の存在そのものの意義が社会に高く認知されてこそ我々鍼灸師が誇りを持って生きて行けるのではないでしょうか。

歴史から学ぶ先輩たちの行動と願い(鍼灸医師法への運動)
 「鍼灸師の社会的信頼の確立」は長野県の針灸師会の先輩遠、いや日本の明治、大正、昭和へと生きてきた鍼灸師の先輩遠の悲願だったと思われます。この目的の上で最高の鍼灸師の身分は鍼灸医師という医師と対等の立場に立つ資格獲得でしょう。日鍼会で現在進めている鍼灸師単独法よりさらに進んだ形が鍼灸医師法です。会員の皆様方は鍼灸医師法など夢のまた夢と思っておられるかもしれません。ところが、過去大正11年に多くの鍼灸師達の運動で、国会で正式に可決された事をご存知ですか?大部分の皆様方はご存知無いかもしれません。歴史に埋もれた事実ですが、鍼灸医師法への動きは過去の先輩達の鍼灸師の社会的認知、身分向上への熱い思いが分かりますので少し長くなりますがご紹介したいと思います。
 この運動は主に関西の鍼灸師を中心に始められた。その頃、大阪の鍼灸師の団体は明治35年創立の大阪鍼灸師会から大日本鍼灸師会に改称されていたが、主に組織、資質向上、業権擁護などに取り組んでいた。(ある面、現代と同じ問題です)この大日本鍼灸師会を中心に約1500名の全国の鍼灸師の請願書を集め、強力に当時の国会議員へ働きかけていた。そして大正11年1月21日の第45議会の貴衆両院へこの鍼灸医師法は提出された。中心になり働いていたのは大日本鍼灸師会々長の藤林高古、山崎良斎(兵庫県総支部長、後の明治鍼灸学校校長)であった。
 結果は衆議院にて先ず正式に可決された。議事録によると以下の通りです。

第45回 帝国議会衆議院議事録第14号
 大正11年2月18日午後1時14分開議
鍼術、灸術医法制定に関する請願、大阪市大日本鍼灸師会会長藤林高吉他1500名
右請願の要旨は人体保健の安全を期し、吾が国独特の理学的医術の進歩を図る為、私案の如き鍼術灸術医法を制定せられたしと謂うにあり、衆議院はその趣旨を至当なりと認め之を採択すべきものとして議決せり。依って議院法第65条に依り別冊、及び御送付候也(貴族院へ回附す)
                                    (文は当時のまま)
 採択された鍼灸医師法の内容の主な点は次の通りです。
1、試験は物理学、化学、解剖学、病理学、診断学、鍼術学、灸術学及び実地等
2、試験は内務省(現在の厚労省)直轄で行う。(いわゆる国家試験)
3、鍼灸医は鍼灸医籍に登録
4、鍼灸術に関係した診断書を交付する権利を有する。
5、現行医師会と同じ鍼灸医師会を組織する制度を設ける
6、従来の鍼灸開業者への10年間の鍼灸医師試験の優遇配慮
7、受験資格者、旧制中学校または高等女学校卒業後満4年以上の受験科目の修業、又は教育を
  受ける事(当時の医師養成と同等)

鍼灸医師法のその後
 本制度は衆議院を通り、貴族院も通過した。しかし実際の法律として成立実施される事無く政権が変わり流れてしまった。その後10年間この運動は継続されたが法律化は実現されなかった。

歴史から学ぶ先輩達の思い
 この運動はある面、戦後のマッカーサー旋風による鍼灸廃止に対する鍼灸継続運動に匹敵する鍼灸師界あげての大運動であった。しかし歴史の中に埋没し忘れ去られていった。
 今回上記の史実を再認識したのは医道の目本誌に平成2年より10年まで連載された「鍼灸老舗の々」の成本により知った。著者は鍼灸史実「昭和鍼灸の歳月」を書いた上地栄氏であった。氏は鍼灸師の史実に基づいた生き様を調査し発表している。大変興味深く読ませて頂いた。発行社は績文堂です。会員の皆さん方もご一読をお勤めいたします。個々では当時の鍼灸師の先輩方の鍼灸師の地位向上への熱い思いが強く伝わってきます。当時の先輩方の志の高さに改めて敬意を覚えます。
 以上、大正年間の先輩方の鍼灸医師法への運動をご紹介いたしました。

鍼灸医師法と現在の我々の状況
 この鍼灸医師法の考え方は現在でも色褪せていません。現在鍼灸師の免許も厚生労働大臣免許となり学制も高卒3年又は4年の大学。博士課程まであり学制の面からも過去の鍼灸医師法の規定に近くなっています。しかし、鍼灸師への社会的認知度は如何でしょう。以前の会報で鍼灸の受療調査の結果を載せました。この調査は明治国際医療大学の矢野教授の調査でした。一年間に鍼灸を受けた方が約6%でした。この数字は数回の調査でも変わっておりません。福岡県の調査でも1000名中鍼灸を良く知っているか、かかった事がある方が5%でした。これは認知度の調査でしたが同調査で整形外科は98‰接骨院は38%でした。これらのデータから言えることは全国民の9割以上は鍼灸や鍼灸師の事を充分理解していないという事です。これが現状です。

今後の我々の目指すもの
 矢野教授の同じ調査で、もしも鍼灸師側の安全性や治療効果と対象、質の保障が理解されれば受診希望は5割を超える事が判っています。その内でも鍼灸の安全管理が保障されるだけで3割の受診希望が出てきます。この事は鍼灸の安全性や質の保障など、国民の理解が進めば大発展の可能性を秘めているという事です。今後本会として鍼灸及び鍼灸師の啓蒙活動と資質の向上の為に最大限の努力をしていきたいと思います。その為には先ず、一昨年から行っているリスク管理講習会への全会員の参加。履修をお願い致します。今後、未参加の皆様方には長野方式の基準鍼灸院の認定だけは受けて頂きたく思います。又、会として公益法人化も所属会員の信用度向上になりますので進めてまいります。日鍼会で進めている鍼灸師単独法もその趣旨は前述の鍼灸医師法の運動に繋がると思いますので進めて行きたいと思います。
 我々は過去の先輩達の歴史の上に生きています。その生き様を参考にしながら志を高く持って誇りを持って生きて行きたいものです。本会への建設的なご意見を心よりお待ちしています。会員総参加で鍼灸師の社会的認知度の向上策を考えていきましょう。
 本年もよろしくお願い致します。

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